釣りを科学する会社

株式会社smartLure公式ブログ--Making anglers' dreams come true--

【サイトリニューアルに伴う移転のお知らせ】「スマルア技研」に移転します。

読者のみなさま

 

本ブログは、より読みやすく、より面白く、より多彩なコンテンツを釣り人に届けるため、「スマルア技研」と改名し、下記のリンクに移転したことをお知らせいたします。

labs.smartlure.co

 

新サイトでは、ブログから引き続きでお届けする、釣りに役立つ論文コンテンツ「サカナ生態学」に加えて、新企画として、バス釣りのカタチをさぐる「釣り工学」、突発的に生まれた笑撃の漫画企画「釣れたかも委員会」の三本立てでお送りします。

 

より進化したコンテンツを、どうぞ新サイトにてお楽しみください!

 

魚と人の交差点〜吉田博士の釣りの科学001 水温上昇が魚の食いを促す

 朝晩の底冷えも緩み、日中には日差しや風に春の訪れを感じる今日この頃。私たちの感じる「春」は、気温として肌に感じられる温かさそのものといっても過言ではない。一方で、水の温かさにも春は表れる。


   水ぬるむ頃や女のわたし守    蕪村


古くは江戸時代から、「水ぬるむ」「温む川」「温む池」が春の季語として詠まれるように、魚にとっての春の訪れは、かれらを取り巻く水の温度として感じられているに違いない。


 冬を越して気温も水温も上がるこの季節、「そろそろ魚の食いが活発になってくるはず」と、はやる気持ちを抑えるのに苦労している釣り好きも多いだろう。では実際のところ、魚の摂餌と水温にはどのような関係があるのだろうか。今回は、シンプルな実験で水温と魚の食欲の関連性を明快に示した事例を紹介しよう。

 

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キンギョで水温と食いを観察


 平田(1960)は、日光が十分に入る温室内の池にキンギョを泳がせ、記録計つきの自動エサやり器を用いて、魚の摂餌行動が水温に応じてどう変化するかを各月5〜7日間ずつ、1年間記録した。
 まず、大まかな傾向としては、水温が高くなるほど、1日あたりの摂餌回数が多くなった【図1】。しかし、同じ月のほぼ同じ水温の2日間を比べた時、摂餌回数に2倍近く差の出ることもあった。そこで、1日の中で水温がどれだけ大きく上下したかを、各時間の水温の、その日の平均水温からのばらつきで見てみると、平均水温が同じ日でも、1日の中で水温の上下動が激しい日ほど、魚の摂餌回数が多いことがわかった。実際、1時間ごとの水温、1時間あたりの水温変化の大きさ、1時間あたりの摂餌回数をグラフにすると、どの季節も似たような傾向を示しており、摂餌回数のピークは、最高水温を記録した時刻ではなく、水温が最も急激に上昇した時刻と一致していた【図2】。

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すなわち、


・季節でみると、水温の高い時期ほど、摂餌回数が多かった。
・同じ季節では、1日の平均水温が同じでも、水温変動の激しい日の方が摂餌回数が多かった。
・1日の中では、最高水温の時刻ではなく、水温の上がり幅が最も大きい時刻が摂餌回数のピークと一致していた。


 つまり、水温が高いか低いかだけではなく「水温の上がり幅」も、魚の食いを決める大きな要因となっていたのだ。

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予測は天気や気温を手がかりに


 釣行前に、行く現場の水温をチェックする人は多いだろう。それももちろん大事なのだが、可能であればそれに加えて、1日の中でどの時間帯に水温が上がりそうかを予想できるとよいかもしれない。水温が直接わからなくても、水温変化が気温変化にやや遅れて起こる(水は空気より温まりづらい)ことを考慮すると、たとえば「晴れの日は、午前中の早いうちが狙い目」「曇りの日は、日が高くなってからの方がよさそう」と大まかな予測は立てられそうだ。

 

 通い慣れた釣り場でも、あるいは、通い慣れた場所こそ、「水温の変化幅」に着目してみると、また新たな発見があるかもしれない。
 出会いと別れの交錯するこの季節。釣り人のみなさんには、魚たちとの素敵な出会いがありますよう。


——吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]、3月20日掲載分

 

*現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

□文献情報
平田(1958)金魚の餌索日週変化と水温の関係.水産増殖 5: 46–50.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aquaculturesci1953/5/4/5_4_46/_article
平田(1960)金魚の餌索日周期と水温変曲点.日本水産学会誌 26: 783–791.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/26/8/26_8_783/_article/-char/ja/

 

著者紹介

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

 f:id:smartlure:20180113222030j:plain

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

魚のスレを科学する6 狙っているのに釣れない不思議

 

 

 どんな釣りが好きですか?と聞かれたら、なんと答えるだろうか。私は、最初から特定の魚を狙うのではなく、ひとつの仕掛けで複数の魚種を同時に狙う「五目釣り」が好きだ。魚が水面に現れるまで、何が釣れるのかわからないドキドキ感、色々な魚に出会える満足感、さらに、家で多彩な魚を料理できる充実感も相まって、とても楽しく、オトクに感じられるからだ。

 いっぽう、ある特定の魚を釣ることに情熱を注ぐ釣り人にとっては、狙いとは違う魚、いわゆる「外道」は困った存在かもしれない。何も釣れないよりは断然よいと個人的には思うのだが、せっかく釣れても全然うれしくない、むしろ腹立たしく思えることさえある、と聞くこともしばしば。

 この「狙った魚が釣れない」事態は、いるはずの魚が釣れないという点では「スレ」現象の1種ともみなせそうだ。そこで今回は、釣り方そのものが釣果を大きく左右することを実験的に確かめた、事例を紹介しよう。

フライとエサで釣り比べ

 イワナの多くすむ渓流で、本流とそこに流れ込む支流の2か所で釣りをした。本流ではフライフィッシングを、支流ではエサ釣りをそれぞれ2–3日行ない、どちらも釣りの直後に電気ショッカーを使って、釣れ残った魚もすべて捕らえた。本流、支流どちらとも、800メートルの調査区間内に200尾超の魚がおり、イワナの占める割合はそれぞれ84%、76%と非常に高かった。イワナ以外には、野生化したニジマスと、ごく少数(3尾)のブラウントラウトの生息が確認された。

 それでは、早速釣り調査の結果をみてみよう。フライ釣りを行なった本流(イワナ率84%)では、ニジマスが頻繁にかかり、釣果の24%がニジマスだった。いっぽう、支流(イワナ率76%)のエサ釣りでは、釣果の84%をイワナが占め、ニジマスよりも明らかに釣れやすかった。つまり、いる魚の構成も同じ、場所もほとんど離れていない2つの調査区で、仕掛けを変えると、イワナニジマス)の釣れやすさが明らかに違ったのだ。

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ニジマスは浅場、イワナは深場に

 前回も紹介したとおり、サケ・マスの仲間は体の大きい個体ほど、エサの多く流れてくる場所に陣取るため、釣れやすくなると言われている。そこで、調査区ごとに、釣れやすさと体長の関係を整理してみたところ、イワナが多く釣れた支流ではたしかにイワナの方がニジマスよりも大きかったが、ニジマスの釣れやすかった本流では、2種で体長に差はなかった。それでは、本流でイワナがあまり釣れず、ニジマスが頻繁に針にかかったのはなぜだろうか?

 調査区での潜水観察や、他の研究によれば、ニジマスはより浅くに定位し、表層を流れる陸生昆虫を食べるいっぽう、イワナはより深くに留まり、水底付近を流れてくる水生昆虫を食べると報告されている。そのため、水面または表層にフライを流した本流ではニジマスが釣れやすく、川底付近にエサを流した支流では、イワナがより釣れやすかったと考えられる。このように、2種の分布する深度(=タナ)あるいは採餌様式の違いを正確に理解することで、釣りやすさの違いも解釈できるかもしれない、と筆者らは述べている。

 いくら魚影が濃くても、狙いの魚に合わせた仕掛けを使い、正しいタナを攻めなければ釣れない。

 とてもシンプルで、当たり前の話に聞こえるが、「魚がいるはずなのに釣れない」現象の何割かは、この基本中の基本をいつの間にか忘れてしまっていた、あるいは小さな「ずれ」に気づいていなかった、という可能性もある。「どうして外道ばかり釣れるのか」と早合点する前に、今一度、自分の釣りを見直してみることも大切かもしれない。

 

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あえてタナを外す楽しみも

 以前、乗り合いのアジ釣り船で沖に出たときのこと。魚探でアジの群れをみつけた船長から指示された深度をわざと外して、アジの群れの上層や下層にいる別の魚を狙う「セルフ五目釣り」をして楽しんでいたところ、アジ以外の魚を次々と釣り上げる様子をみた船長から「しっかりタナを合わせねぇから…」と半ば呆れられたことがあった。しばらく好き放題に五目釣りを続けたところで、そろそろアジも釣ろうと指示通りのタナに合わせるようにしたのだが、どうしたことかアタリがぱたりと止んでしまった。隣に座るビギナーのお姉さんは、船長の指示を忠実に守って船内トップのペースで調子よく釣りまくっている。「タナを合わせているはずなのに釣れない…」と途方に暮れる自分の背中越しに、「あとリール5巻き分足りねぇよ」の一言と、船長の二度目のため息が聞こえたのを覚えている。

——吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]、2月27日掲載分

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

□文献情報

坪井・森田(2004)野生化したニジマスと天然イワナの釣られやすさの比較.日本水産学会誌 70: 365–367.  https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/70/3/70_3_365/_article/-char/ja/

 

 

著者紹介

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

 f:id:smartlure:20180113222030j:plain

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魚のスレを科学する5 野生のイワナ 大物ほど釣りやすい?

 

 

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「大きな魚を釣りたい」

 釣り人なら誰しも抱く夢だろう。都会暮らしで身近に釣り場の無かった私もそうだった。釣りに興味を持ち始めたばかりの小学生時代の私を魅了したのは、画面の向こうに広がる「海」にひそむ「ぬし」と呼ばれる巨大な魚たちであった。魚の習性をかなり忠実に再現した釣りゲームに没頭した。魚図鑑を読み込み、あれこれ考えて試行錯誤を繰り返しながら、画面の中で釣り三昧の日々を過ごしていた。

今は、研究のために釣りに行くこともしばしばあるのだが、大物を狙ってさんざん頭を捻ったあの頃の体験が今の研究にも生きているなと感じられると、やはりうれしいものだ。

 

 

自然ならどうなのか?

さて、前回までは、実験環境の魚で釣れやすさを調べた事例を紹介してきた。どんな要因が釣れやすさを左右するか厳密に見極めるには、条件をきちんと揃えて検証できる実験が必須だ。とはいっても、自然の海や川、湖を自由に泳ぎ回っている魚ではどうなのか?というのは、釣り人なら気になるだろう。今回は、野生の魚を相手にした数少ない研究の1つ、自然の川でイワナの釣れやすさを調べた事例を紹介しよう。

 坪井ら(2002)は、北海道南部で山間に分け入り、釣り人のほとんど訪れない渓流で、イワナの採捕調査を行なった。堰堤や滝で区切られた500–700メートルの区間を4か所選び、日の出から昼頃までイワナを釣ったあと、電気ショッカーで残りのイワナも気絶させて全て捕まえた。イワナには標識をつけて放流し、およそ50日後に2度目の調査をして、1度目に釣り上げられてリリースされた個体の釣れやすさを調べた【図A】。

 

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一筋縄ではいかない驚きの結果が…

 すると驚いたことに、1回目に釣れた魚と釣れなかった魚で、2回目の釣れやすさに差はみられなかった【図B】。つまり、「釣れやすい魚は続けて釣られる」とする個体差説も、「1度釣られた魚は2度目以降釣れにくくなる」とする学習説も、当てはまらなかったのだ。これまで紹介してきたように、魚の釣れやすさは魚種や、個体ごとに違いがあったり、空腹度合いによっても変化する可能性があり、単一の要因だけでは決まらない複雑なメカニズムをもつと考えられる。室内実験で、ひとつひとつ地道に調べ上げて分かってきたこともあるが、やはり自然状態で暮らす魚たちの行動にはまだまだ謎が多く、一筋縄ではいかないということだろう。

 ちなみに今回の調査では、大きな魚ほど釣れやすく、50日間での成長率も高かった。イワナをはじめとするサケ・マスの仲間は、大きい個体ほどエサの多く流れてくる場所に陣取ることができ、エサを巡る争いに勝ってより頻繁にエサをとることができる。成長率の高い、大きなイワナほど釣れやすかったのは、これが原因かもしれない、と筆者らは結んでいる。

 

「調査中の23日間、人に会わず」

 大物ほどスレて釣りにくい、というのはよく聞く話で、釣り針を学習し、数々の試練をくぐり抜けた個体ほど、釣られずに大きく育つという側面はあるだろう。しかし筆者らによれば、調査を行なった23日間で一度も他の釣り人に会わなかったとあり、この沢のイワナは「全くスレていなかった」と予想できる。釣りに来る人もなく、イワナ同士が日々エサを巡る争いを繰り広げている山奥の渓流。「釣り人の来ない場所こそが、大物釣りの最高のスポットである」というのは納得なのだが、同時に、その川の「ぬし」があまり簡単に釣れてしまっては面白くないな、とも感じてしまうのは、身勝手な感想だろうか。――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2018年2月5日掲載

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

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□文献情報

坪井ほか(2002)キャッチアンドリリースされたイワナの成長・生残・釣られやすさ.日本水産学会誌 68: 180–185.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/68/2/68_2_180/_article/-char/ja/

 

著者紹介

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

 f:id:smartlure:20180113222030j:plain

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

 

 

会社サイトを公開しました

 ブログ読者の皆様、ご無沙汰しております。

 スマートルアーの岡村です。

 本日、会社サイトを公開しましたので、お知らせいたします。

・ビジョン
・プロダクト

・チームメンバー 

 などを紹介しています。
 ぜひ、のぞいてみてください。

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smartlure.co

魚のスレを科学する4 腹ペコなサカナは釣りやすいのか?

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*本文とは関係ありません。

 

 

 年末年始に、普段はあまり観ることのないテレビをつけてみると、グルメ番組が流れていた。次々に映し出される美味しそうな食べ物の映像は、食後に観る分にはなんともないのだが、空腹時には、食欲をかき立てられる。「空腹は最高のスパイス」というように、食べ物への感覚が自身の食欲によって変わるというのはなかなか興味深い。

 釣りは、魚からのエサ(=食べ物)の見え方をうまく操作することで、魚をだまして捕まえる営みでもある。連載第1回(魚のスレを科学する1 釣りにくい魚、釣りやすい魚)では、個体ごとの”食い意地”の違いが、釣られやすさの個体差として現れた例を紹介した。魚たちも当然、空腹になる。空腹の魚ほど、釣れやすいということはあるのだろうか。

 

“満腹”なサカナはエサを見極める

  米山ら(1996)の実験では、空腹度の異なるニジマス Oncorhynchus mykiss を2つの実験池に収容し、2–4人で昼間に釣りを行なった。実験に先立ち、池にいる魚の半数を事前に釣り上げて元に戻し、釣られた経験をもつ魚ともたない魚が半々になるようにした後、2回の実験を行なった。得られた結果を元に、実験の3日前までエサを与えたグループ(K群)と、実験の10日前から絶食させたグループ(Y群)で、個体ごとの釣れやすさや、釣り針学習の有無を比較した。

  エサを十分に与えたK群では、何度も繰り返し釣れる魚と、一度も釣れない魚がそれぞれ多くの割合でみられた【図A】。実験後に全個体にペレットエサを投与したところ、多く釣られた個体とそうでない個体の間で、食べたエサの量に違いはなかった。このことから、空腹度が同じ魚同士でも、釣れやすさに個体差があるとわかる。

 釣りの最中、ニジマスの動きをよく観察していると、エサの近くまで寄ってきても、くるりとそっぽを向いて泳ぎ去る行動がたびたび見られた。このようにエサを見極める「警戒行動」の相対的な強さが個体によって異なる結果、釣れやすさにも違いが出たと考えられる。

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 “腹ペコ”だと、飛びつくけれど…

 一方、エサを与えなかったY群では、釣れやすい魚・釣れにくい魚といった区別は見られなかった【図B】。なぜ、空腹度の高いグループでは個体差が消失したのだろうか?

 エサに食いつくニジマスの行動を観察すると、どの個体もためらわずにエサに飛びつくことが多かった。本来釣れにくい魚も、強い空腹のために警戒行動が薄れてエサに飛びついたため、個体差が見出だせなかったと考えられた。

 なお、エサを与えなかったY群では、どの魚も、一度釣られると二度目以降は釣れにくくなった【図B】。釣れやすさに個体差がない代わりに、釣り針学習が生じたのだ。本来ならば何度も針にかかってしまう釣れやすい個体も含め、たった一度で釣り針を学習したのは、空腹という危機的状況にさらされていたために、釣られた体験を強烈に記憶したのかもしれない。

 チャンスは短期間?

 一般に、エサの少なくなる時期は空腹の魚が多いため、狙い目のはずだ。しかし、針がかりする確率も上がり、釣り人が多くなれば、短い時間で釣れにくくなると予想できる。一度釣り針を学習した魚が、長期にわたって警戒心を強める(魚のスレを科学する2 魚は”釣られた経験”を記憶している)ことも考慮すると、エサの少ない時期だからといって、必ずしも釣れやすいとは言いきれないかもしれない。最終的には、いかにかれらの警戒をかいくぐり、エサを「自然で」「美味しそうに」見せるかが、釣果を左右するのだろう。

ヒトも同じかも… 

 以前、旅先で昼食のタイミングを逃し、空腹に耐えきれず飛び込んだレストランで頼んだメニューが「ハズレ」だった時に、かなりのショックを受けた。それ以来、たとえお腹が空いていても慎重に店選びをすることにしているのだが、今でも時折、きらびやかな宣伝につられてふらりと、大して吟味もしないまま店に入ってしまうことがある。もちろん旨い店もあるが、期待外れで、後悔することもしばしばある。

 命がけでエサを取っている魚たちからすれば、気軽な人間の食事と一緒にするな、と言われるかもしれないが、美味しい食事が半ば生き甲斐の私のような人間にとっては、同じくらい大問題なのだ。そんなことを考えつつ、水槽をのほほんと泳ぎまわる魚たちに毎日エサをやっている。――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2018年1月15日掲載

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。
 

■米山ほか(1996)ニジマスの釣られ易さの個体差と釣り針回避学習に及ぼす無給餌期間の影響.日本水産学会誌62: 236–242.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/62/2/62_2_236/_article/-char/ja/

 

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

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2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

 

 





魚のスレを科学する3——ブラックバスがスレないエサは?

 

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*本文とは関係ありません。



 先日、小学生の頃に何度か訪れていた釣り堀の近くを通りがかり、二十数年ぶりに様子をのぞいてみた。土曜の昼下がり、4面の池に5–6組の釣り人たちがおり、思い思いに釣り糸を垂れていた。ふと気づくと、別々の場所で釣っていた3人の竿が大きく曲がっている。以前に来たときは、多くの釣り人がずらりと並んで竿を出していたものの、魚はほとんど釣れていなかった記憶がある。

「この釣り堀、こんなに釣れる場所だったっけ?」

魚とファイトしていたのは、カップルで来ていた若い男性と別のカップルの女性、そして3人組の小学生の1人。見た限り、3人とも初心者のようだ。

「釣り人が少ないとはいえ、そう簡単に素人の針にかかるものかなぁ…」

最終的に、3人がそれぞれ無事に魚を取り込む様子を見届けたところで、釣り堀をあとにする。「ずいぶん簡単に釣っていたが、放流されたばかりでまだ釣り針を学習していなかったのだろうか。あるいは、エサが足りず空腹だったのか…」自分も初心者であることはすっかり棚に上げ、いつまでも考え込んでいたのであった。

 

ブラックバスで同時に実験してみた…

 魚がスレる原因として、「魚は釣られた経験から学習する」「釣れやすさに個体差がある」とする2つの説を紹介してきた。今回は、両者を同時に検証した例を紹介する。

 幅5メートルの水路を長さ40メートルに仕切り、コンクリートブロックで隠れ家を9か所用意した実験水路に、オオクチバス Micropterus salmoides 65個体(全長18–26センチ、体重140–480グラム)を放して1週間ならした。その後、釣り人1名が日中に6時間釣りをして、釣れた魚の個体番号を記録して再放流する操作を1日おきに10回繰り返した。釣りをしない合間の日には、エサとしてウグイを投入した。釣り方はエサ釣り(ミミズ、スジエビ、活きウグイ)とルアー釣り(ワーム)の4種類を試し、そのときどきで釣れやすいものを選んだ。

 

見慣れないエサで釣られると…

 釣られた魚の数は、1回目と2回目の釣りで20尾以上、3回目以降は7–14尾と減少し、魚のスレが認められた【図1。また、釣れた時のエサの種類にも変化がみられ、2回目の釣りまでは4通り全ての釣り方で魚が釣れたが、3回目以降はミミズとワームでは全く釣れなくなった。

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 釣れた個体は全て戻しており、水路にいる魚の数は毎回同じなので、釣獲率の低下は魚が釣り針を学習したためと考えられる。特に、(合間の日のエサとして与えているウグイ以外の)見慣れないエサ(ミミズ、ワーム)で釣られた個体は、それらを危険なものとして強く記憶した可能性がある。一度釣られた経験を通じて、危険なエサを認識し、以後はそれを避けるようになったということだ。

 

“つい反応する”エサも?

 逆に、ウグイをエサにすると釣れやすさは変わらず、学習による回避が見られなかった。つまり、釣り場で実際に食われているものをエサに使ったり、それを模したルアーを使う方が、魚に警戒されず、釣りやすいと予想できる。なお、スジエビに関しては、エサとして与えていなかったにもかかわらず、ミミズやワームのような釣獲率の低下がみられなかった。水中でピンピンと跳ねる動きにバスたちが“つい”反応してしまった、あるいは、栄養価の高いエサとして認識され好んで食べられた、など、他に理由があるのかもしれない。

 

魚は学習する。個体差もある…

 個体ごとに釣り上げられた履歴をみてみると、10回の釣りで一度も釣られなかった個体が4尾いる一方、1尾は8回も釣り上げられていた【図2。明らかに、釣れやすさに個体差があったと言える。ちなみに、実験の開始前と終了後でどれだけ体重が変化したかを比べると、体重の増えた(=エサを十分に食べられた)個体と、減った(=エサをあまり食えなかった)個体のどちらもおり、体重の増減と釣れた回数に有意な相関はなかった。すなわち、エサを捕れない個体ほど釣りエサに飛びつきやすいという関係は、今回は見られなかった。

 

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 今回の実験で、2つの仮説のどちらも同時に成立しうることがわかった。知見をまとめると、まず、釣られたり、釣り落とされたりという針がかりの経験により、魚は釣れにくくなる。人の多い釣り場ほど、針がかりする魚の絶対数も増え、相対的に、より魚がスレると言える。また、見慣れないエサがすぐに学習されたのに対し、見慣れたエサでは、釣れやすさはあまり変わらなかった。エサやルアーを選ぶ際には、対象の魚が普段どんなエサを食べているかを把握するのが大事になるだろう。

 さらに、釣れやすさには個体差があり、たとえば空腹度の高い方が釣れやすい(「魚のスレを科学する1 釣りにくい魚、釣りやすい魚」)というように、魚の状態によって釣れやすさも時々刻々と変化しうる。ただ、実験に用いた各個体がどれだけ空腹かを知るのは難しく、それゆえ、釣れやすさを決める要因を特定するのは困難であった。

次回は、空腹度と釣りやすさの関係に絞って検証した論文をご紹介しよう。

――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2017年12月25日掲載

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

■片野(2009)実験池におけるオオクチバスの釣られやすさに見られる個体差.日本水産学会誌75: 425–431.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/75/3/75_3_425/_article/-char/ja/

*この論文は、誰でも無料で読める。バス釣りをする人は、読んでみてほしい。

 

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吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。