釣りを科学する会社

株式会社smartLure公式ブログ--Making anglers' dreams come true--

魚のスレを科学する5 野生のイワナ 大物ほど釣りやすい?

 

 

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「大きな魚を釣りたい」

 釣り人なら誰しも抱く夢だろう。都会暮らしで身近に釣り場の無かった私もそうだった。釣りに興味を持ち始めたばかりの小学生時代の私を魅了したのは、画面の向こうに広がる「海」にひそむ「ぬし」と呼ばれる巨大な魚たちであった。魚の習性をかなり忠実に再現した釣りゲームに没頭した。魚図鑑を読み込み、あれこれ考えて試行錯誤を繰り返しながら、画面の中で釣り三昧の日々を過ごしていた。

今は、研究のために釣りに行くこともしばしばあるのだが、大物を狙ってさんざん頭を捻ったあの頃の体験が今の研究にも生きているなと感じられると、やはりうれしいものだ。

 

 

自然ならどうなのか?

さて、前回までは、実験環境の魚で釣れやすさを調べた事例を紹介してきた。どんな要因が釣れやすさを左右するか厳密に見極めるには、条件をきちんと揃えて検証できる実験が必須だ。とはいっても、自然の海や川、湖を自由に泳ぎ回っている魚ではどうなのか?というのは、釣り人なら気になるだろう。今回は、野生の魚を相手にした数少ない研究の1つ、自然の川でイワナの釣れやすさを調べた事例を紹介しよう。

 坪井ら(2002)は、北海道南部で山間に分け入り、釣り人のほとんど訪れない渓流で、イワナの採捕調査を行なった。堰堤や滝で区切られた500–700メートルの区間を4か所選び、日の出から昼頃までイワナを釣ったあと、電気ショッカーで残りのイワナも気絶させて全て捕まえた。イワナには標識をつけて放流し、およそ50日後に2度目の調査をして、1度目に釣り上げられてリリースされた個体の釣れやすさを調べた【図A】。

 

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一筋縄ではいかない驚きの結果が…

 すると驚いたことに、1回目に釣れた魚と釣れなかった魚で、2回目の釣れやすさに差はみられなかった【図B】。つまり、「釣れやすい魚は続けて釣られる」とする個体差説も、「1度釣られた魚は2度目以降釣れにくくなる」とする学習説も、当てはまらなかったのだ。これまで紹介してきたように、魚の釣れやすさは魚種や、個体ごとに違いがあったり、空腹度合いによっても変化する可能性があり、単一の要因だけでは決まらない複雑なメカニズムをもつと考えられる。室内実験で、ひとつひとつ地道に調べ上げて分かってきたこともあるが、やはり自然状態で暮らす魚たちの行動にはまだまだ謎が多く、一筋縄ではいかないということだろう。

 ちなみに今回の調査では、大きな魚ほど釣れやすく、50日間での成長率も高かった。イワナをはじめとするサケ・マスの仲間は、大きい個体ほどエサの多く流れてくる場所に陣取ることができ、エサを巡る争いに勝ってより頻繁にエサをとることができる。成長率の高い、大きなイワナほど釣れやすかったのは、これが原因かもしれない、と筆者らは結んでいる。

 

「調査中の23日間、人に会わず」

 大物ほどスレて釣りにくい、というのはよく聞く話で、釣り針を学習し、数々の試練をくぐり抜けた個体ほど、釣られずに大きく育つという側面はあるだろう。しかし筆者らによれば、調査を行なった23日間で一度も他の釣り人に会わなかったとあり、この沢のイワナは「全くスレていなかった」と予想できる。釣りに来る人もなく、イワナ同士が日々エサを巡る争いを繰り広げている山奥の渓流。「釣り人の来ない場所こそが、大物釣りの最高のスポットである」というのは納得なのだが、同時に、その川の「ぬし」があまり簡単に釣れてしまっては面白くないな、とも感じてしまうのは、身勝手な感想だろうか。――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2018年2月5日掲載

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

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□文献情報

坪井ほか(2002)キャッチアンドリリースされたイワナの成長・生残・釣られやすさ.日本水産学会誌 68: 180–185.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/68/2/68_2_180/_article/-char/ja/

 

著者紹介

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

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2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

 

 

魚のスレを科学する4 腹ペコなサカナは釣りやすいのか?

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*本文とは関係ありません。

 

 

 年末年始に、普段はあまり観ることのないテレビをつけてみると、グルメ番組が流れていた。次々に映し出される美味しそうな食べ物の映像は、食後に観る分にはなんともないのだが、空腹時には、食欲をかき立てられる。「空腹は最高のスパイス」というように、食べ物への感覚が自身の食欲によって変わるというのはなかなか興味深い。

 釣りは、魚からのエサ(=食べ物)の見え方をうまく操作することで、魚をだまして捕まえる営みでもある。連載第1回(魚のスレを科学する1 釣りにくい魚、釣りやすい魚)では、個体ごとの”食い意地”の違いが、釣られやすさの個体差として現れた例を紹介した。魚たちも当然、空腹になる。空腹の魚ほど、釣れやすいということはあるのだろうか。

 

“満腹”なサカナはエサを見極める

  米山ら(1996)の実験では、空腹度の異なるニジマス Oncorhynchus mykiss を2つの実験池に収容し、2–4人で昼間に釣りを行なった。実験に先立ち、池にいる魚の半数を事前に釣り上げて元に戻し、釣られた経験をもつ魚ともたない魚が半々になるようにした後、2回の実験を行なった。得られた結果を元に、実験の3日前までエサを与えたグループ(K群)と、実験の10日前から絶食させたグループ(Y群)で、個体ごとの釣れやすさや、釣り針学習の有無を比較した。

  エサを十分に与えたK群では、何度も繰り返し釣れる魚と、一度も釣れない魚がそれぞれ多くの割合でみられた【図A】。実験後に全個体にペレットエサを投与したところ、多く釣られた個体とそうでない個体の間で、食べたエサの量に違いはなかった。このことから、空腹度が同じ魚同士でも、釣れやすさに個体差があるとわかる。

 釣りの最中、ニジマスの動きをよく観察していると、エサの近くまで寄ってきても、くるりとそっぽを向いて泳ぎ去る行動がたびたび見られた。このようにエサを見極める「警戒行動」の相対的な強さが個体によって異なる結果、釣れやすさにも違いが出たと考えられる。

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 “腹ペコ”だと、飛びつくけれど…

 一方、エサを与えなかったY群では、釣れやすい魚・釣れにくい魚といった区別は見られなかった【図B】。なぜ、空腹度の高いグループでは個体差が消失したのだろうか?

 エサに食いつくニジマスの行動を観察すると、どの個体もためらわずにエサに飛びつくことが多かった。本来釣れにくい魚も、強い空腹のために警戒行動が薄れてエサに飛びついたため、個体差が見出だせなかったと考えられた。

 なお、エサを与えなかったY群では、どの魚も、一度釣られると二度目以降は釣れにくくなった【図B】。釣れやすさに個体差がない代わりに、釣り針学習が生じたのだ。本来ならば何度も針にかかってしまう釣れやすい個体も含め、たった一度で釣り針を学習したのは、空腹という危機的状況にさらされていたために、釣られた体験を強烈に記憶したのかもしれない。

 チャンスは短期間?

 一般に、エサの少なくなる時期は空腹の魚が多いため、狙い目のはずだ。しかし、針がかりする確率も上がり、釣り人が多くなれば、短い時間で釣れにくくなると予想できる。一度釣り針を学習した魚が、長期にわたって警戒心を強める(魚のスレを科学する2 魚は”釣られた経験”を記憶している)ことも考慮すると、エサの少ない時期だからといって、必ずしも釣れやすいとは言いきれないかもしれない。最終的には、いかにかれらの警戒をかいくぐり、エサを「自然で」「美味しそうに」見せるかが、釣果を左右するのだろう。

ヒトも同じかも… 

 以前、旅先で昼食のタイミングを逃し、空腹に耐えきれず飛び込んだレストランで頼んだメニューが「ハズレ」だった時に、かなりのショックを受けた。それ以来、たとえお腹が空いていても慎重に店選びをすることにしているのだが、今でも時折、きらびやかな宣伝につられてふらりと、大して吟味もしないまま店に入ってしまうことがある。もちろん旨い店もあるが、期待外れで、後悔することもしばしばある。

 命がけでエサを取っている魚たちからすれば、気軽な人間の食事と一緒にするな、と言われるかもしれないが、美味しい食事が半ば生き甲斐の私のような人間にとっては、同じくらい大問題なのだ。そんなことを考えつつ、水槽をのほほんと泳ぎまわる魚たちに毎日エサをやっている。――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2018年1月15日掲載

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。
 

■米山ほか(1996)ニジマスの釣られ易さの個体差と釣り針回避学習に及ぼす無給餌期間の影響.日本水産学会誌62: 236–242.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/62/2/62_2_236/_article/-char/ja/

 

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

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2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

 

 





魚のスレを科学する3——ブラックバスがスレないエサは?

 

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*本文とは関係ありません。



 先日、小学生の頃に何度か訪れていた釣り堀の近くを通りがかり、二十数年ぶりに様子をのぞいてみた。土曜の昼下がり、4面の池に5–6組の釣り人たちがおり、思い思いに釣り糸を垂れていた。ふと気づくと、別々の場所で釣っていた3人の竿が大きく曲がっている。以前に来たときは、多くの釣り人がずらりと並んで竿を出していたものの、魚はほとんど釣れていなかった記憶がある。

「この釣り堀、こんなに釣れる場所だったっけ?」

魚とファイトしていたのは、カップルで来ていた若い男性と別のカップルの女性、そして3人組の小学生の1人。見た限り、3人とも初心者のようだ。

「釣り人が少ないとはいえ、そう簡単に素人の針にかかるものかなぁ…」

最終的に、3人がそれぞれ無事に魚を取り込む様子を見届けたところで、釣り堀をあとにする。「ずいぶん簡単に釣っていたが、放流されたばかりでまだ釣り針を学習していなかったのだろうか。あるいは、エサが足りず空腹だったのか…」自分も初心者であることはすっかり棚に上げ、いつまでも考え込んでいたのであった。

 

ブラックバスで同時に実験してみた…

 魚がスレる原因として、「魚は釣られた経験から学習する」「釣れやすさに個体差がある」とする2つの説を紹介してきた。今回は、両者を同時に検証した例を紹介する。

 幅5メートルの水路を長さ40メートルに仕切り、コンクリートブロックで隠れ家を9か所用意した実験水路に、オオクチバス Micropterus salmoides 65個体(全長18–26センチ、体重140–480グラム)を放して1週間ならした。その後、釣り人1名が日中に6時間釣りをして、釣れた魚の個体番号を記録して再放流する操作を1日おきに10回繰り返した。釣りをしない合間の日には、エサとしてウグイを投入した。釣り方はエサ釣り(ミミズ、スジエビ、活きウグイ)とルアー釣り(ワーム)の4種類を試し、そのときどきで釣れやすいものを選んだ。

 

見慣れないエサで釣られると…

 釣られた魚の数は、1回目と2回目の釣りで20尾以上、3回目以降は7–14尾と減少し、魚のスレが認められた【図1。また、釣れた時のエサの種類にも変化がみられ、2回目の釣りまでは4通り全ての釣り方で魚が釣れたが、3回目以降はミミズとワームでは全く釣れなくなった。

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 釣れた個体は全て戻しており、水路にいる魚の数は毎回同じなので、釣獲率の低下は魚が釣り針を学習したためと考えられる。特に、(合間の日のエサとして与えているウグイ以外の)見慣れないエサ(ミミズ、ワーム)で釣られた個体は、それらを危険なものとして強く記憶した可能性がある。一度釣られた経験を通じて、危険なエサを認識し、以後はそれを避けるようになったということだ。

 

“つい反応する”エサも?

 逆に、ウグイをエサにすると釣れやすさは変わらず、学習による回避が見られなかった。つまり、釣り場で実際に食われているものをエサに使ったり、それを模したルアーを使う方が、魚に警戒されず、釣りやすいと予想できる。なお、スジエビに関しては、エサとして与えていなかったにもかかわらず、ミミズやワームのような釣獲率の低下がみられなかった。水中でピンピンと跳ねる動きにバスたちが“つい”反応してしまった、あるいは、栄養価の高いエサとして認識され好んで食べられた、など、他に理由があるのかもしれない。

 

魚は学習する。個体差もある…

 個体ごとに釣り上げられた履歴をみてみると、10回の釣りで一度も釣られなかった個体が4尾いる一方、1尾は8回も釣り上げられていた【図2。明らかに、釣れやすさに個体差があったと言える。ちなみに、実験の開始前と終了後でどれだけ体重が変化したかを比べると、体重の増えた(=エサを十分に食べられた)個体と、減った(=エサをあまり食えなかった)個体のどちらもおり、体重の増減と釣れた回数に有意な相関はなかった。すなわち、エサを捕れない個体ほど釣りエサに飛びつきやすいという関係は、今回は見られなかった。

 

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 今回の実験で、2つの仮説のどちらも同時に成立しうることがわかった。知見をまとめると、まず、釣られたり、釣り落とされたりという針がかりの経験により、魚は釣れにくくなる。人の多い釣り場ほど、針がかりする魚の絶対数も増え、相対的に、より魚がスレると言える。また、見慣れないエサがすぐに学習されたのに対し、見慣れたエサでは、釣れやすさはあまり変わらなかった。エサやルアーを選ぶ際には、対象の魚が普段どんなエサを食べているかを把握するのが大事になるだろう。

 さらに、釣れやすさには個体差があり、たとえば空腹度の高い方が釣れやすい(「魚のスレを科学する1 釣りにくい魚、釣りやすい魚」)というように、魚の状態によって釣れやすさも時々刻々と変化しうる。ただ、実験に用いた各個体がどれだけ空腹かを知るのは難しく、それゆえ、釣れやすさを決める要因を特定するのは困難であった。

次回は、空腹度と釣りやすさの関係に絞って検証した論文をご紹介しよう。

――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2017年12月25日掲載

 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

■片野(2009)実験池におけるオオクチバスの釣られやすさに見られる個体差.日本水産学会誌75: 425–431.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/75/3/75_3_425/_article/-char/ja/

*この論文は、誰でも無料で読める。バス釣りをする人は、読んでみてほしい。

 

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吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

魚のスレを科学する2 魚は”釣られた経験”を記憶している

 魚が好きで、釣りも好きな私にとって、水族館と並んで、生きた魚を身近に感じられるのが釣り堀だ。日頃から自然の中で釣りをしている人は、「釣り堀なんかで釣って何が面白いんだ」と思うかもしれない。しかし、限られた場所、時間、道具立ての中で、釣り堀のお兄さんから「魚が慣れちゃっててなかなか食わないかもしれませんが……」とまで言われる中、工夫を凝らして他の釣り人より多くの魚をポンポンと釣り上げられると、なかなかの快感である。自然の釣り場と違い、魚が確実にそこに居る点では、純粋な知恵比べと呼べるかもしれない。

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*本文とは関係ありません。

 ところで、「魚が慣れて食わない」とはどういう状況か考えてみると、釣り人が使う餌や仕掛けを覚え、回避するようになったことが想定される。魚がいるのに釣れない「スレ」の原因は魚の学習にある、というわけだ。そこで本稿では、Beukemaの学習説を紹介する。前回紹介した「同種の魚に釣れやすい個体と釣れにくい個体がいる」とするMartin仮説と対を成す説だ。

総勢800人で釣りをしてみた

 Beukemaは、釣られた経験を持たないコイCyprinus carpioを10か所の  実験池に収容し、釣り実験を行なった。

 全ての魚に事前に標識をつけて個体識別できるようにし、1日4時間、一度に2–3人の釣り人の協力のもと、2週間のあいだ毎日釣りを行なった。釣れた魚は、標識を確認した後すぐに同じ池にリリースした。なお、道具やエサは釣り人の自由とし、総勢800人近い(!)釣り人が参加した。

 まず、釣り人1人の1時間当たりの釣果をみると、どの池でも初日が最も高く(平均0.8–1.7尾)、2日目以降は徐々に低下していき、5日目以降は初日の1/4を下回る水準(0.15–0.4尾)に留まった。すなわち、常に同じ数の魚が池にいるにもかかわらず、釣りを続けることで魚が釣れにくくなる「スレ」状態が確認された。Beukemaはスレの原因を「魚が針がかりの経験から学習し、針についた餌を避けるようになったためではないか」と考え、以下2つの検証によってそれを確かめた。

 魚が学習しない場合、釣られるか否かはランダムに決まるはずであり、各々の魚の釣り上げられた回数(0回、1回、2回、…)は「ポアソン分布」と呼ばれる、ランダムに起こる出来事の発生予測と一致するはずであった。しかし、実際の集計結果はポアソン分布から有意に外れており、1回だけ釣られた魚が予想より多く、2回以上釣られた魚の数が予想より少なかった【図1。つまり、1度釣られた魚は、2度目以降は予想通りには釣られなかったということだ。

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 さらに、各実験日の釣獲率(その日に全体の何%の魚が釣り上げられたか)には、魚の釣られた経験の有無による違いがみられた。魚のよく釣れていた、初日から4日目までの期間では、釣られた経験をもたない魚で20–30%、釣られた経験のある魚で5%前後と、釣られた経験のない個体の方が釣られやすかった(図2)

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 なお、5日目以降、釣られた経験をもたない魚の釣獲率も5%にまで低下したが、これは実験開始から4日経った時点で、池の中のほぼ全ての個体が一度は針がかりを経験し(大きい魚ほど釣り落されることが多く、1kgのコイでおよそ2回に1回は針から逃れていた)、釣り針を学習したためとされている。

釣られた記憶は1年経っても残る

 Beukemaはこの1年後に、本実験で使った魚と新たに用意した魚を混ぜて釣り実験を行ない、釣られた経験のある魚が1年経っても依然として釣られにくいことを確認した。「針がかりに伴う痛みの経験は、たった一度であっても、魚にとって強烈な記憶になりうるのだろう」と述べられている。

 たった一度の(文字通り)痛い経験で、釣り針についたエサの特徴を学習し、その記憶を長期間もち続けるとは、魚もなかなか賢いものだ。そんな彼らの記憶をかいくぐって見事に釣り上げられるかどうかが、釣りの腕の見せ所でもある。
 ここでひとつ自分の経験を紹介しよう。冒頭の釣堀は、渓流のニジマス釣り場だった。同じ竿・同じエサを使っていた他の釣り人を差し置いて、自分だけ入れ食いを体験した。実践したコツはたった1つ、「エサを流れに乗せ、魚の目の前まで自然に流す」だけ。人気のない場所を選び、「エサを投入してすかさず下流へ流れと同じ速さで歩いていく」ことを繰り返すと、ほぼ2投に1投のペースでマスがヒットした。
 じっと座って糸を垂れる人の釣りエサは、流れの中で不自然に静止する。マスはその様子を記憶し、釣り針のついたエサを回避していたと予想できる。そこで、魚のはるか上流からエサを流れに乗せて漂わせてやれば、彼らの記憶をかいくぐれるだろうというわけだ。「なかなか釣れない」と言われたにもかかわらず、結局、1人で20匹近くも釣って大注目を浴び、「魚の行動研究で蓄えてきた知識が現場で活かせた」としばらく浮かれていたのを覚えている。

 ここまで、魚の「スレ」現象を、釣れやすさの個体差(Martin仮説)あるいは魚の釣り針学習(Beukemaの学習説)が原因である、とする研究事例を1つずつ紹介してきた。それでは、2つの仮説が同時に成立することはあるのだろうか。次回は、両仮説を単一の実験で検証した事例を紹介しよう。

――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2017年12月4日掲載
 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

■文献情報

Beukema J. J. (1969) Angling experiments with carp (Cyprinus carpio L.): I. Differences between wild, domesticated, and hybrid strains. Netherlands Journal of Zoology 19: 596–609.

Beukema J. J. (1970) Angling experiments with carp (Cyprinus carpio L.): II. Decreasing catchability through one-trial learning. Netherlands Journal of Zoology 20: 81–92.

http://booksandjournals.brillonline.com/content/journals/10.1163/002829670x00088

 

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吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

 2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

 専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

 

魚のスレを科学する1 釣りにくい魚、釣りやすい魚

 川や湖で、岸近くを泳ぐ魚を見かけることはないだろうか。目の前にエサを落としてやれば簡単に釣れるだろうと思い、実際に釣り糸を垂れてみると、見向きもせずに通り過ぎてゆくばかり。このように、「魚がいるにもかかわらず釣れない」ことはよくある。特に人の多い釣り場では、「ここの魚はスレてるからなかなか釣れない」とぼやいた経験がある釣り人も多いはずだ。

スレの原因、2つの説

 魚がいるのに釣れない、すなわち魚が「スレ」る原因には、「魚の釣られやすさの個体差」と「魚の釣り針学習」の2つの説が古くから知られている。
 前者では、釣られやすい魚が先に釣られ、警戒心の強く釣られにくい魚ばかりが残る結果、最初と比べて釣れにくくなる、とされており、Martin仮説と呼ばれている。後者では、一度釣られてリリースされたり、針から逃げたりした魚がその体験から学習し、釣り針を回避するようになるとされ、Beukumaの学習説と呼ばれる。

この2つはいったいどちらが正しいのだろうか?あるいは、どちらも正しいのだろうか?はたまた、別の理由があるのだろうか? まずは「魚の釣られやすさに個体差がある」とするMartin仮説を詳しく見てみよう。

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*本文とは関係ありません。

 

実際に釣って実験したら…

 米山ら(1992)は、過去に釣られた経験を持たない野生のティラピア Tilapia mossambica を実験池に収容し、釣り実験を行なった。池を2つに仕切り、片側に全ての魚を追い込んで釣りをして、釣れた魚に標識をして反対側に移す、という操作を行ない、池にいる魚の半数を釣り上げたところで、仕切りを外して釣れた魚と釣れ残った魚を混ぜた。1日半の間を空けて、同様の試行を2回繰り返し、3回目の釣り試行の終了後、全ての魚の標識を確認して、各個体が何度目の試行で釣られ、全部で何回釣られたかを一匹ずつ記録した。

 その結果、「魚の釣られやすさに個体差があり、一度釣られた魚は続けて二度目も釣られやすい」ことがわかった。少し詳しくみてみよう。最初の試行で、池にいた144匹のうち半数の魚を釣り上げてから元に戻したので、2回目の試行の最初には、釣られた魚と釣られなかった魚が72匹ずつ存在している。もし「釣られやすさに個体差がない(=どの魚も同じ確率で釣られる)」とすると、一度釣られた72匹の半数、つまり36匹が二度続けて釣られるはずだ(図A。ところが実際に釣りをしてみると、予想を大きく上回る51匹が二度続けて釣られた。同様に、一度目に釣られなかった72匹のうち36匹が二度目も釣られずに残るはずだが、こちらも予想を上回る51匹が二度とも釣られずに残っていた(図B

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 つまり、一度釣られた魚は続けて二度目も釣られやすく、逆もまた然り、ということだ。さらに、3回の試行で一度も釣られなかった個体が41匹(全体の29%)も残っており、事前に予想された18匹(全体の12.5%)を大きく上回っていたことから、釣られにくい個体も確かに存在するとわかった。

食い意地が裏目に…

 後日、同じ魚たちを用いて行なった実験で、釣られやすい個体はより多くのエサを食べることが確かめられ、著者らは「釣りエサに強く反応する個体ほど、釣られやすい可能性がある」と結論づけた。本来なら、他の個体より多くエサをとれる個体ほど生き延びる確率が高くなるのだろうが、ひとたび釣りで人間を相手にすると、その食い意地が裏目に出てしまうというわけだ。「食欲の秋」と称して旬の味覚に目移りする我が身を振り返り、食い気もほどほどにしようと思った次第である。

――吉田誠[東京大学大気海洋研究所・博士(農学)]2017年11月14日掲載
 *現役の研究者が「釣りを科学する」連載です。株式会社スマートルアーの見解を示すものではありません。

 

■ティラピアTilapia mossambicaの釣られ易さの個体差.

 米山兼二郎・八木昇一・川村軍蔵(1992)

日本水産学会誌58: 1867–1872.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/58/10/58_10_1867/_article/references/-char/ja/

 

吉田 誠(Makoto A. Yoshida)、博士(農学)

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  2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。

  専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。 

 

バスのご馳走ってなんだろう?

 スマートルアーのシャチョー、岡村です。
 この夏は、札幌の豊平川ニジマスのトップゲーム(セミルアーを流すだけ)を満喫しました。楽しかったなぁ。
 でも、8月半ばから、全然反応しなくなってしまいました。夕マヅメに出てくるムシ(カゲロウ、ガ)が激減して、食べてるエサが変わっちゃったのかもしれません。

 さて、ターゲットのサカナがどうやってエサを選んでいるのか。釣りしてれば、すごく気になると思います。
 それで、参考になりそうな論文を探してみました。直訳すると「ブラックバス日和見的な摂餌」(Opportunistic Foraging by Largemouth Bass (Micropterus salmoides)。平たく言うと、バスって成り行き任せで食べてるよね、という題名ですが、ある程度のルールがあるみたいです。

 研究は、1980~81年、アメリカ・ミシガン州にある2つの小さな湖で行われました。湖は大学が管理していて、住んでいるサカナはほぼバスだけ。平均サイズは23~26センチ。1ヘクタールあたりの推定生息数は80年には330匹以上、冬を越せずに半数ほどが死んだ81年でも130匹以上の”小バス密集地”です。

 サカナは、エサの大きさ(乾燥重量)に対して、食べる手間(時間)が最も少なくて済むものを選ぶといわれています(cost curve of Werner=ワーナーのコストカーブ。機会があれば原論文を紹介します)。著者はこの考え方に基づいて、体重200グラムのバスの目線で、湖で得られるエサを13に分類しました。
 最も手間のかからないエサ(=ご馳走)はバスの稚魚やヤゴのほかミミズのような軟体生物。最悪なのはミジンコ、まぁまぁなのがボウフラ、カゲロウです。
 そうして、2年間、5~10月に25回にわたり計637匹のバスを捕まえて、胃洗浄で内容物を取り出して、一つひとつ分類。出現頻度、個数での割合、重さの割合を計算して重要度を100点満点の指数にしました。

 結果は…

・バスの生息数が半減した81年のほうが、稚魚(重要度は最大で29.8)やヤゴ(同23.7)、軟体動物(同22.4)のような、ご馳走を偏って食べていた。ミジンコの重要度は年平均で15.7で前年に比べほぼ半減した。
・81年のほうが、検出されたエサの数そのものは少なかった。
・高水温(平均の表層水温は22.8℃)の時期は、稚魚やヤゴなど、食べ物の幅が広がった。5月の低水温(同12.9℃)の時期はボウフラ(同42.0)を集中して食べていた。代謝活動で必要になるエネルギーや、どのエサが豊富なのかも関係しているようだった。

 

 

 著者は、「どちらかといえば、最も手間のかからないエサを選んで食べているようだが、そう言い切るにはもっと研究が必要だ」と分析しています。

 釣り人目線で考えれば、サカナは”ご馳走”があるなら、そっちばっかり食べるぽい。ご馳走をたっぷり食べてれば、食べる回数は減るらしい、って言えると思います。それから、低水温の時期には、ご馳走よりも小さいエサのほうがよさそうですよね。

 ルアーを選ぶとき、「今、ランカーにとってのご馳走は何か」を考えるのと、「豊富にありそうなエサは何か」を考えるのとで、釣果はかなり違うのかもしれません。

 なお、この論文(英語)は、原文が無料で読めます。採取のタイミングごとにエサの重要度をまとめた表(Table4、5)なんかは、とても興味深いですよ。

★「こんなこと知りたい」「自分の釣り経験だと、こんなことがあったけど、科学者はどうみてるんだろ」とか、ありましたら、ぜひコメントくださいw

■Opportunistic Foraging by Largemouth Bass (Micropterus salmoides)

James R. Hodgson and James F. Kitchell
The American Midland Naturalist
Vol. 118, No. 2 (Oct., 1987), pp. 323-336
Published by: The University of Notre Dame
DOI: 10.2307/2425789
Stable URL: http://www.jstor.org/stable/2425789
Page Count: 14

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